自然・観光

中山平温泉駅前大桜
1917年(大正6年)11月の陸羽東線開業に合わせ、中山平温泉駅前に6本のソメイヨシノが植樹されました。道路整備などで少しずつ減り、今では1本だけが残っている。ソメイヨシノの寿命は60年といわれています。平成10年に一度枯れ始め危機を迎えましたが「大桜愛好会」の人々の努力によって守られ、いまは樹齢90年以上で、幹回り3.4m、高さ約10mまで成長した大桜です。
見ごろは、4月末~5月上旬で、日暮れから22時までライトアップされます。

お問い合わせ:倉加屋 (℡ 0229-87-2201)

古峯神社
昭和7年春、放火により中山平温泉駅前の住宅6軒が全焼するという事件がありました。その翌年、駅前地区の有志により、二度とこのようなことが起きないようにとの願いを込め建立された神社です。毎年5月の第2日曜日に祭典があり、駅前広場にて演奏会が開催されます。

お問い合わせ:駅前親交会 (℡ 022-87-2410)

鳴子峡
中山平温泉を流れる大谷川によって形成されたV字渓谷で、木々と奇岩と清流が織りなす深さ約100mにおよぶ大渓谷です。鳴子峡レストハウスの見晴らし台から渓谷にかかる大深沢橋を眺める景色は絶景です。紅葉の見ごろは10月下旬~11月中旬で、ブナ、ナラ、カエデなどが紅や黄に染まり、渓谷を紅葉が鮮やかに彩ります。両岸の断崖絶壁の間からは、猿の手掛岩、一双岩、立岩などの奇岩怪石が見られ、新緑も楽しめます。平成22年秋には大深沢遊歩道入口駐車場脇に、大深沢渓谷と花渕山を一望できる新展望台が完成、レストハウス下方の遊歩道には鳴子峡を見上げる回顧橋も増設されました。
こちらから案内図をご覧ください。
◎中山平温泉駅から約2.0㎞ / 車で約4分

お問い合わせ:鳴子観光・旅館案内センター (℡ 0229-83-3441)

鳴子峡レストハウス
平成19年10月にリニューアルオープン。大深沢橋を望む景観を楽しみながら食事できます。レストラン、ファーストフードのほか、売店コーナーには中山平の味、木地玩具や漆器をはじめ、鳴子エリアの物産が集結しています。冬季は休業しています。

お問い合わせ:℡ 0229-87-2050

イロハモミジ
鳴子峡第3駐車場付近は「不二ヶ丘」と呼ばれ、イロハモミジはシンボルとなっています。昭和初期に京都嵐山から移植されました。紅葉時期は鳴子峡の中でも最も遅く、11月初旬から中旬にかけて色づくため、落葉が始まるころの鳴子峡には欠かせないスポットとなっています。
大深沢遊歩道
平成20年に新設された遊歩道。鳴子峡の一部不通にともない、歩きやすく快適な新たな遊歩道の設置が必要となり、ゆったりとした幅員約4m、ゆるやかな勾配の大深沢遊歩道が開通。距離は1.5kmでおよそ40~50分で歩くことができます。モミジやカエデなど、落葉広葉樹と遊歩道のほぼ中間にある大深沢の流れを超え、春には新緑の森林浴、秋には紅葉狩りに最適のコースでグループでご家族で楽しめます。

お問い合わせ:中山平温泉観光協会

中山平遊歩道
鳴子峡レストランハウスの第3駐車場から中山平温泉に通じる「中山平遊歩道」が平成22年10月にオープンしました。この遊歩道は、中山平温泉観光協会のメンバーが作り上げた遊歩道で、約450mの遊歩道。この最大の魅力は何と言っても「見晴らし台」。トンネルのすぐ上に位置するため、線路を真上から見下ろすことのできる珍しい眺めや、今まで見ることができなかった中山平温泉を一望できる、素晴らしい景色に出会える新たな名所です。

お問い合わせ:中山平温泉観光協会

ORAGA鳴子の熱帯植物園
大谷川沿い、温泉街に接する植物園。温泉の湯と地熱を使い気温が常に20度に保たれている温室内では、通年、バナナやマンゴー、ハイビスカス、ブーゲンビリアなどの熱帯、亜熱帯植物約500種、サボテン約500種が観賞できます。
隣接する「松本コレクションギャラリー」は旅行家である松本氏が世界中から集めた名品・珍品を展示しています。アジア・アフリカ、南米諸国の民芸品・楽器など貴重な品々が豊富に展示されています。
◎中山平温泉駅から約1km / 徒歩で約15分

お問い合わせ:℡ 0229-87-1030

大谷川の渓流釣り
尿前の関で江合(荒雄)川と合流する大谷川には、いろいろな沢が合流しています。地図に載っている沢の名前だけでも、右岸で合流するのは東遠鈴(清水)沢、大きな沢では岩堂沢、中流域では、西沢、東沢。そして左岸は後沢、軽井沢、宿ノ沢、沙沢、杵沢、大深沢、小深沢など。これらの渓流には、イワナやヤマメも生息しており、渓流釣りも楽しめます。
南原穴堰(なんばらあなぜき)
江戸時代・正保年間(1644~1647年)にすべて手堀りで作られた総延長1,880mの灌漑用水。宮城県と山形県の境に位置し、中山平駅の西南約2㎞にあり、約360年経過した今でも農業用水、生活用水として使われています。そのため南原地域の人々の共同作業によって守り続けられています。
神の木
かつては、ここ南原の山林で木を挽きお椀やお皿を作ったり、炭焼きなどを生業にしていた人々が生活していました。人々は杉の造林地に中で育つナラの大木をいつしか「山の主」と呼ぶようになりました。数十年ほど前から注連縄(しめなわ)を飾るようになり、「神の木」として崇めるようになりました。
岩堂沢ダム(螢泉湖(けいせんこ))
平成21年の秋に完成した農業用ダム。直線型の堤の長さは200m、総貯水量約13,480千㎥で、下流域の大崎市他3町約10,400haに展開する穀倉地帯、大崎耕土への農業用水の供給を担っています。
南原の「神の木」の先にゲートがあり、その先には900mほどの「二ッ森トンネル」がある。トンネルを抜けると目前に大きなダム湖が広がります。神秘さをたたえる湖面には、新緑を映し出す春、青空の青に染まる夏、紅葉に彩られる秋と一年中が見どころです。しかし、ダムの3㎞ほど手前のゲートは12月~4月の同期間は閉鎖されてますのでご注意。鳴子峡からは車で15分程度の新名所です。
◎中山平温泉駅から約5㎞ / 車で約10分

お問い合わせ:鳴子温泉郷観光協会 (℡ 0229-82-2102)

南原ホタルの里
国道47号の南側に広がるのが南原の豊かな田園地帯。ここの澄んだ水で育つホタルの群舞が観られます。
中でも南原堤ではゲンジホタル・ヘイケボタルの二種が飛び交う、全国でも珍しい共生域となっています。また、ヒメボタルも生息しています。ゲンジホタルは15mm前後で、上下にゆらゆら飛びます。ヘイケボタルは、10mm前後で、ゲンジに比べ飛び方は直線的です。ヒメボタルはもっとも小さく、約7mmで、オスは飛翔しながら発光しますが、メスは草木につかまった状態で発光します。

お問い合わせ:佐藤漆工房 (℡ 0229-87-2361)

ブルーベリー摘み取り園
中山平焼石亦(やけいしまた)地区は、山間の冷涼な気候と酸性土壌というブルーベリーの栽培に適した地域で、現在6件の生産者が約10種類ものブルーベリーを栽培している。7月から8月の収穫期には摘み取り園もオープンします。無農薬・有機栽培でそのまま食べられるので多くの観光客が足を運んでいます。この素材を生かし、ブルーベリージュース、アイスクリーム、ジャムなどの加工品や、旅館ではブルーベリー酒を作り、食前酒などに利用されています。詳細はこちらをご覧ください。

摘み取り実施園:
 ・たかはし農園     (℡ 090-5590-1194)
 ・関農園        (℡ 0229-87-2190)
 ・ブルーベリーヒル   (℡ 0229-87-1234)
 ・うえのブルーベリー園 (℡ 0229-87-2655)
 ・ゆさ果実工房     (℡ 0229-87-2413)

日本こけし館
鳴子公園にある日本全国の伝統こけしを展示した博物館。昭和28年に詩人で童話作家の深沢要さんのコレクションが旧鳴子町に寄贈されたことと、昭和32年から毎年、全国のこけし工人から「こけし祭り」へ奉納こけしが贈られることがきっかけとなり建設されました。地元工人による製作実演の見学、絵付け体験などもできます。
◎中山平温泉から約3.0km / 車で約5分

お問い合わせ:℡ 0229-83-3600

皇太明神神社
滋賀県永源寺町蛭谷正八幡宮(筒井八幡神社)に大皇太明神として合祀された文徳天皇の第一皇子、小野宮惟喬(これたか)親王(844~897)は、全国ろくろ挽物師(木地師)の祖神といわれ、木地師発祥の地とされています。昭和50年(1975)11月27日午前零時、筒井八幡神社より分霊遷座された皇太明神神社は、鳴子温泉郷内外の木地師、こけし工人の心のよりどころとして、日本こけし館の右手に並んで鎮座しています。

◎中山平温泉から約3.0km / 車で約5分
堺田分水嶺
中山平と県境を接した山形県最上町堺田にある「分水嶺」。分水嶺とは、降った雨が日本海に向かうか太平洋に向かうかを分ける境目のことで、ここ堺田の分水嶺は北側から流れ下ってきた水路が東西に分かれる様子を見ることができる珍しい分水嶺です。東側(宮城県)は江合川、旧北上川を経て約116kmを下り石巻市で太平洋へ、西側(山形県)は小国側、最上川を経て約102kmを下り酒田市で日本海に注ぎます。
◎中山平温泉駅から約5.0㎞ / 車で約10分
奥の細道
今から320年ほど前、江戸深川を旅立った俳聖・松を芭蕉とその門人・河合曽良の旅は、五百年忌を迎えていた西行をはじめ、古の歌人の足跡を訪ねる旅であり、また、三十一歳にして没した悲運の将・源義経を追慕する旅だったといいます。
中山平温泉に残されている古道は、道標や地図には「出羽仙台街道中山越」とも表記されていますが、正式名称は「出羽街道中山越」といいます。「出羽仙台街道」は、奥州街道吉岡宿から分かれて、中新田、岩出山、鳴子を経て出羽に至る峠越の道。元禄二年(一六八九)奥州行脚に旅立った芭蕉は、平泉から引き返し、仙台藩から出羽に出ようとしてこの道を通ったと「おくのほそ道」に記しています。この街道は、義経の時代から軍事上の要衝として知られ、渓谷に橋をかけることもなく旅人達がたどったルートであり、「中山越」は最大の難所でした。
おくのほそ道散策マップをご覧ください。